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C58が牽く混合列車の面影を追って北浜駅へ

かつて釧網本線では、C58が牽引する混合列車が人気を博していた。
混合列車とは、客車と貨物車を連結した列車であり、当時はこの路線以外では米坂線の9600型や花輪線の8620型なども人気があった。

無煙化の名のもとに各地にDD51等のDL(ディーゼルロコモティブ)や、DC(ディーゼルカー)いわゆる気動車を導入した国鉄だが、出発時や勾配区間では真っ黒なディーゼルエンジン特有の黒煙を撒き散らした結果、当時SLマニアであり神童でもあった吾輩は、名ばかり無煙化、あるいは国鉄は詐欺師である。などという論調を中学校の夏休みの宿題に展開することになった。


懐かしの「自動ドア」である。
DCのドアから眺める真冬のオホーツク海は荒々しかった。
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話は戻り、拠点となる緑風荘から中心市街地を抜け、清里町駅へ徒歩で向かう。
気温は氷点下4度とかなり暖かい。
積雪は例年だと1mはあるとのこと。
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清里町駅は無人駅である。
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10時台のダイヤではこの駅で交換することになる。
先ず釧路行きが入線となる。
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続いて網走行き快速しれとこが入り、こいつで北浜へ向かう。
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1時間ほどでほどなく北浜駅に到着。
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いつからこの駅はナルシストの聖地となり果てたのか。
名刺だらけの駅舎にはもちろん暖房設備は無い。
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「線路内立ち入り禁止」がナウい。
前述した「C58混合列車の頃」のマニアの移動方法は、専ら線路であった。
枕木に歩幅を合わせる格好となるわけだが、短足ぎみのマニアには厳しい環境だったと思うよ。
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残念ながら知床連山は拝めなかったが、翌日のトレッキングで再会を果たすのであった。
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除雪に勤しむ保線区員。
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この日のレイヤードは、「プラス5度」で売り出したマーモットの冬山用パンツの下にタイツ、オーバーパンツはモンベルのカッパ。フォックスファイアーのアンダーシャツ、モンベルのウールシャツ、パタゴニアのスエーター、パタゴニアのダウン。足元は新調したスリッポンタイプのSORELシャイアンプレミアム。

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足で稼ぐ旅人を標榜する吾輩は、濤沸湖へと向かう。
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近所のオホーツク海にはまもなく流氷が押し寄せてくるが、その時白鳥はビックリするのだろうか。
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「C58混合列車の頃」は線路沿いに浦市別川の河口まで歩いてきた。
多量のホタテの貝殻が捨てられていたことが記憶にある。
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このあたりには、当時は掘立小屋程度の建物しかなかったと思う。
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懐かしい地を俯瞰すべく高台に登る。
右手が濤沸湖方面である。
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想い出を十二分に堪能したので帰路に就くことにしよう。
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知床斜里駅でトランスファー。
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この時、車内でバシャバシャ写真を撮っていた女性が中国人だったことが分かった。
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何とか明るいうちに宿に帰り付き、温泉のあとはドリンクタイム。
元日の夕食はスペシャルディナーであり、宿泊料も1,000円ほど高い。
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清里町は、いも焼酎の発祥の地でもある。
ウエイトレスさんお勧めの熟成した「樽」をキープし、料理ともども美味しく味わう。
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今回の旅で持参した藍色の作務衣と青サブ(ロレックスブルーサブマリーナ)のコラボを楽しみながら、40数年ぶりの北浜界隈に思いを馳せる。
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by sekaihahiroi | 2016-01-11 15:22 | 北海道